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大分地方裁判所 昭和34年(行)1号 判決 1961年12月15日

原告 黒川直好

被告 大分県知事

主文

被告が、中津市大字伊藤田字城ケ内二千二百四十番田七畝七歩につき、昭和二十八年三月二十日付原告及び訴外守山徹連名の農地所有権移転の許可申請書に基づき同年十月二十六日なした許可処分は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の裁判を求めた。

第二、当事者の主張及び答弁

一、原告訴訟代理人は、請求の原因として、

(一)  被告は、原告が所有する請求の趣旨記載の農地(以下本件農地という)につき、昭和二十八年十月二十六日原告より訴外守山徹に所有権を移転することを許可する旨農地法第三条に基づく処分(以下本件許可処分という)をなした。

(二)  しかしながら、被告が本件許可処分をなすについて、次のような重大且つ明白な誤認があつたから、右処分は無効である。すなわち、原告は昭和二十六年訴外黒川勇より中津市大字伊藤田字井手ノ前二千二百九十四番田六畝六歩、同所二千二百八十九番田五畝七歩を譲り受けるにあたり、被告において昭和二十六年五月頃訴外中津市三保地区農業委員会に対し右田二筆の所有権移転許可申請書を提出し、承認相当の意見を付して被告宛右申請書を進達する旨の議決を経たところ、訴外守山徹は原告より先に右黒川勇から右二筆の農地を譲り受けていると称して地元中津市三保地区農業委員会に異議を申立てたことから原告と右守山との間に紛争が生じ、右異議を却下されるや右守山は、さらに、訴外大分県農業委員会に対し異議の申立をなし、右県農業委員会は右異議申立事件につき委員を現地に派遣し地元中津市三保地区農業委員会の協力を得て調停を試み、原告に対し原告所有の本件農地を右守山に譲渡することの承諾を求めたが拒否されたにもかかわらず、右譲渡を原告が承諾したものとして別紙昭和二十六年七月三日付協定書と同一内容の写(甲第一号証)を作成の上同月七日頃、原告宛に送付した。

しかして、右守山から同二十八年三月二十日付本件農地所有権移転許可申請書が地元三保地区農業委員会を経由して提出され、被告は右申請書に基き本件処分をなしたのであるが、原告は前記協定書写に記載のような本件農地の所有権移転を承諾していなかつたばかりでなく(そもそも右協定書写ということは原本が存在するが如き印象を与えるがその原本は存在しないのである)、右守山が提出した申請書に申請人として署名押印したことがないのであるから、右は何人かによつて偽造せられたものであり、守山が単独でなした不適法な申請にほかならず、そのような申請に基づき被告がなした本件許可処分は重大な瑕疵があり、かつ、被告は右申請書が右のような瑕疵を有するものであることを、地元三保地区農業委員会もしくは県農業委員会を通じて当然知りもしくは知りうべかりしものであつたから、この点を看過して共同申請によるものと誤認してなした本件処分には明白な瑕疵がある。

(三)  よつて、被告のなした本件処分は無効であるから、その確認を求める。

と述べた。

二、被告訴訟代理人は、答弁として、

(一)  請求の原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、原告と訴外守山徹との間に原告主張のような経緯により紛争があつたこと、訴外大分県農業委員会が現地調停を行つたこと、昭和二十八年三月二十日付原告及び右守山徹連名の農地所有権移転許可申請書に基き本件処分をなしたことは認めるが、その余の主張、事実は争う。右県農業委員会の現地調停により、原告は本件農地を右守山に譲渡する旨の合意を含め別紙協定書写記載のとおり各当事者間に合意が成立し、本件処分の基礎となつた申請書は、原告の承諾の上作成されたもので、もとより適法有効な共同申請に基づきなされた本件処分になんら無効事由は存しない。

と述べた。

第三、(証拠関係省略)

理由

一、被告が、原告の所有する本件農地につき、昭和二十八年三月二十日付原告及び訴外守山徹連名の農地所有権移転許可申請に基づき、同年十月二十六日原告より右守山に所有権を移転することを許可する旨農地法第三条に基づく処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二、原告は右許可処分の前提たる申請書の申請人たる原告の署名押印部分が偽造であつて、右申請書による申請は畢竟右守山の単独でなした不適法なものであるのに、この点を看過してなした本件許可処分は重大且つ明白な誤認があり、無効であると主張する。

農地法第三条による農地の所有権移転の許可処分は同法施行規則第二条によつて許可を受けようとする移転の当事者双方が連名でなした申請に基づきなすべきものと規定されている。したがつて当事者一方のみの申請によつてなされた許可処分は、不適法な申請に対する許可処分として重大な瑕疵を帯有し、しかもその瑕疵の存在が明白であるといいうるときは、右許可処分は無効であると解すべきである。

三、よつて、まず右申請書が偽造のものかどうかを判断する。

被告が弁論の趣旨からみてその申請書原本として提出したと認められる乙第二号証は、証人守山徹、同久山弘宣の各証言によれば中津市三保地区農業委員会(現中津市農業委員会)の職員である右久山が守山の依頼に基づき同号証に存する原告及び守山徹の各名下の印影を除いた部分を作成したもので、同号証の原告名下の押印は守山において訴外黒川勝次郎を介し原告からこれを得たものであるというのであるが、

(一)  証人黒川勝次郎及び原告はその各供述においていずれも右の事実を否定していること、

(二)  乙第二号証と甲第九号証の六の各申請書を検し、証人久山弘宣の証言によると、乙第二号証は久山弘宣が複写により二部作成したものの一部であり、他の一部は控として久山の所属する中津市三保地区農業委員会(現中津市農業委員会)に保管されている筈であること、ところで同号証には「下毛地方事務所28・9・18第七〇七号」と刻した丸印が押捺されており、甲第九号証の六は「控」と刻した丸印が押捺されているうえ成立に争いのない甲第九号証の一の記載によると本件許可処分の申請書として昭和三十四年二月二十三日中津市農業委員会から中津簡易裁判所宛送付嘱託に応じて送付されたものであること、並びに乙第二号証、甲第九号証の六ともその第二葉以下は同時に複写されたものであることが認められることからして乙第二号証はその原本甲第九号証の六はその控とみられる如くであるが、その各第一葉目は異つた時に各複写されたもので、且つ、乙第二号証と甲第九号証の六に存する原告の印影は形状、朱肉いずれも明らかに異なり、しかも甲第九号証の六の第一葉に押捺された原告の印影と称するものは何人によつて顕出されたものか全く不明なものであること、

(三)  右の各事実を綜合して考察すると、もともと乙第二号証と甲第九号証の六は、久山により同時に複写により作成されたもので、甲第九号証の六の第一葉は乙第二号証の第一葉と同一のものであつたが、それが後に至つて現在のものに改変せられ、且つ新たに原告名下に押印されて第二葉以下の文書に合綴されその結果乙第二号証と甲第九号証の六の各原告の印影が一致しないものになつたと推認しうるのであるが、何故に甲第九号証の六の第一葉が乙第二号証の第一葉と異なるものに改変されなければならなかつたか証人久山弘宣において合理的に説明するところなく、一件記録を精査しても他にこれを納得させるに足る証拠はない。

(四)  しかして右の諸事実並びに推定の結果を綜合判断すれば、乙第二号証と甲第九号証の六の原告名下の印影はいずれも原告の所持する印顆により顕出されたものとはとうてい認めるに足りず、従つてこれ等を原告が真正に作成したものということはできない。

四、そうすると、右申請書中原告作成名義部分が偽造であるから本件許可処分は重大な瑕疵があるといわねばならないので、次に、右の瑕疵の存在が明白であるといいうるかについて判断する。

右にいう瑕疵の存在が明白であるということは、処分要件の存否に関する行政庁の判断が、格別の調査をしないでも一見して容易に認識しうる事実関係に照らして何人の眼にも明白な誤りであると認められる場合のみならず、行政庁が具体的な場合にその職務の誠実な遂行として当然に要求せられる程度の調査によつて判明すべき事実関係に照らせば明らかに誤認と認められるような場合もまたこれに該当すると解するのが相当である。

これを本件についてみると、成立に争いのない甲第二ないし第七、第八の一、二、六ないし十一、第九の一ないし五、第十の一ないし七の各号証、証人久山弘宣の証言により成立を認める乙第一号証、証人守山徹の証言により成立を認める乙第三、第四、第八の一、二の各号証に、証人中田吉郎の証言により成立を認める甲第一号証、乙第五号証の存在、並びに証人守山徹、同久山弘宣、同諫山武師、同岐部富久水、同三浦豊、同今井重政、同黒土日郎、同中田吉郎、同黒川勝次郎の各証言の一部、原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は昭和二十六年五月頃訴外亡黒川勇より中津市大字伊藤田字井手ノ前二千二百八十九番田五畝七歩と同所二千二百九十四番田六畝六歩を買い受けるにあたり中津市三保地区農業委員会に対し右田二筆の所有権移転許可申請をなし、同委員会が同月二十四日開催の会議において、右二千二百八十九番田については承認の議決、右二千二百九十四番田については、右田の登記名義が右勇の亡父黒川吾造名義となつており、勇のほか相続人並びに代襲相続人数名の共有に属するため、将来勇の単独所有となつてその旨の登記がなされることを条件として承認する旨の議決をなしたところ、その会議の席上訴外守山徹においてこれより先同二十五年九月二十三日右勇から右田二筆他畑一筆を買い受けその頃右各田畑の所有権移転許可申請を右委員会になしたのであるが内部指示により右申請一般の受理を一時停止しているとの理由で受理されないままになつていたのであるから前記承認の議決は不当である旨の異議申立をなし、右異議の申立について同委員会は右五月二十四日及び同二十六年六月十五日の会議において審議の結果、勇は守山に右畑一筆を譲渡し、右田二筆分に相当する代金三万円を返還すること、右田二筆は勇より原告へ譲渡することとする旨の調停案を提示した。しかし、守山は右調停案に不服であつて、同年六月末頃大分県農業委員会に対して異議の申立をなしたので、大分県農業委員会は委員三浦登、同今井重政、小作主事岐部富久水を現地に派遣し同年七月三日地元中津市三保地区農業委員会会長諫山武師、委員黒土日郎ほか数名、同委員会書記久山弘宣等と協力して、守山徹、黒川勇代理人諫山武師及び原告に対して前記紛争の調停を試みた結果、別紙協定書記載のような調停の成立をみるに至つた。しかし、その調停の骨子は、前記中津市三保地区農業委員会の調停案に加え原告に対しその所有に係る本件農地を守山に譲渡させることになつたので、原告はこの調停には当初から強い不満を抱き、守山とは不仲であつたこともからんで右本件農地を守山に譲渡することについてはかなり強い難色を示しており、またその後守山の妻を殴打すること等があつてこのことについては表面的には陳謝和解をしたものの守山との確執をますます深くしていたばかりか、前記二千二百九十四番田についての登記名義を吾造から勇に移転することについて共同相続人等の同意がえられず右田の譲り受けは事実上不能に帰していたため、本件農地を守山名義に移転すること、換言すれば本件農地の所有権移転許可申請をなすことにはたやすく応じない態度を持していたこと、右のような経緯により前記大分県農業委員会が関与して調停を行つた昭和二十六年七月から約一年九カ月後の昭和二十八年三月に至るまで本件許可処分の申請がなされなかつたことの事情を地元中津市三保地区農業委員会は十分知つていたと認めるのほかはなく、従つて守山が独り提出した本件許可処分の申請書について原告が承諾の上押印した旨の右守山の言をたやすく信じて原告に対しその事実を確めるの一挙手一投足の労を惜んだことにより、右農業委員会として職務上当然に要求せられる程度の調査によつて判明すべき、本件申請書が原告の押印によるものでない事実を看過したと認められる。右認定に反する証人守山徹、同久山弘宣の各証言部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

しかして、弁論の全趣旨によると本件許可処分の申請書は、地元中津市三保地区農業委員会の調査による意見が付され、大分県下毛地方事務所を経由して被告大分県知事宛進達され、被告は右農業委員会の意見に従い本件許可処分をなすに至つたことが明らかであり、本件許可処分当時施行中の農地法第三条、農地法施行規則第二条、農業委員会法第二条、第六条、第四十条、第四十五条に規定せられる知事と市町村農業委員会の関係からして本件許可処分についての右農業委員会の誤認はとりもなおさず被告の誤認と解するのが相当であるから、被告のなした本件許可処分については明白な誤認が存したというほかはない。

五、果してしからば、本件許可処分は重大且つ明白な瑕疵を帯有し無効であるといわなければならない。よつて原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 島信行 藤原昇治 早瀬正剛)

別紙

協定書

一、黒川勇は自己所有の今津町大字犬丸字南小枇杷一一六七畑一反一畝二七歩を守山徹に譲渡耕作させる

一、黒川勇は自己所有の中津市大字伊藤田字井手ノ前二二九四田六畝六歩同所二二八九田五畝七歩を黒川直好に譲渡し昭和二十六年稲作より黒川直好に於て耕作する

一、黒川直好は自己所有の中津市城ケ内二二四〇田七畝七歩を守山徹に譲渡し昭和二十六年稲作より守山徹に耕作させること

一、黒川勇は黒川直好に中津市城ケ内二、二四〇田七畝七歩の代金として一八、九六五円を支払うこと

一、黒川直好は守山徹に井手ノ前二、二九四田六畝六歩同所二、二八九田五畝七歩と城ケ内二二四〇田七畝七歩との差額金として一一、〇三五円を支払うこと

一、守山徹は黒川直好に肥料代一、五〇〇円を支払うこと

一、守山徹は井手ノ前二二九四田六畝六歩同所二二八九田五畝七歩の植付準備をすること

一、守山徹は一、〇三五円黒川直好は九六五円を夫々黒川勇妻の見舞金として寄付する(農地委員会経由)

一、本協定成立により従前提出したる書類は一切無効とし将来本協定事項の履行のための書類は各人に於て責任を以て関係委員会に提出するものとする

右の通り協定する

昭和二十六年七月三日於中津市三保地区農地委員会

守山徹

黒川勇代理人 諫山武師

黒川直好

立会人県委  三浦登

〃  〃   今井重政

小作主事   岐部富久水

久山弘宣

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